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4章 考察とまとめ
本論は、学校における環境音楽の影響や、実践校の実態や環境音楽の方法等を研究することを目的とした。本章でそれをまとめる。
1 今までに確認できたことと一つの結論
本論p3からp5までに記したように、音楽聴取にはホメオスタシスに向かわせる効果とリラクセーションに向かわせる効果がある。
本論p7に記したように、音楽療法も利用する医者であり研究者である牧野は、患者が音楽の効果を自覚していないときも、体に反応は表れ、治療の効果は現れているとしている。
本論p7・p8に記したように、医者の山本は、音楽を通したコミュニケーションで治療関係を形成し、不登校治療に効果を上げている。
本論p9で記したように、渡辺茂夫は、「言葉によって傷つき、故意にコミュニケーションを拒絶している人との間で、音楽は、非言語性のコミュニケーションのチャンネルをバイパスとして開き、治療のための有効な情報の導入を可能にする」としている。音楽が直接情動に働きかけるので、コミュニケーションの可能性が開かれるわけである。
本論p14で記したように、学校の養護教諭である山本みき等は、環境音楽の保健室での活用はコミュニケーションの向上に意味がある、としている。教員が環境音楽を工夫する姿勢も重要であり、教員自身も音楽を聴く結果気持ちが楽になり、よりよい状態で生徒と接することができた点も音楽の効果として重要である、としている。
本論p15で記したように、桜林仁は、学校と音楽の現状と可能性の洞察から、学校の登下校時と昼休みにBGMを実践することを主張している。
本論p18で記したように、環境音楽を長年実践しているA校のS教諭は、音楽を環境を整えるファクターの一つとして長期的に利用すれば、生徒の気持ちを落ち着かせるなどに、利用しないより効果はあるとしている。音楽はかなり、雰囲気作り等精神的ムード作りに有効だとしている。
本論p27に記したように、私の実験では、環境音楽によって、教室の雰囲気にいい影響を与えると多く(25%から30%)の生徒が感じ、悪い影響があるという回答が非常に少ない。雰囲気がよいのは学校にとって、よいことである。
また私の実験の「3章3節(1)p27」で、環境音楽がA校の生徒の気持ちを「快適」にすることを促進し、「3章3節(2)p29」では、環境音楽がB校の生徒の気持ちを「軽くする」ことを促進したことが統計的に確かめられた。
以上から、学校における環境音楽の影響について、実践上の条件・課題(4章2に明記)は存在するものの、一定程度の(本論の研究自体に4章3で書くような限界があるので)評価をしても良いのではないかと考えられる。
実践校の実態については、p14からp19にまとめた。環境音楽の方法については、p10・2章3節(2)と4章2にまとめた。
そしてこれらのことから、本論の仮説「環境音楽が生徒の気持ちを落ち着かせるなど、生徒の心に変化を与える。環境音楽を学校で活用すると、学校の環境と生徒指導の現状が改善される。」の可能性も大いに開かれていると考えられる。
2 環境音楽の実践上の条件・課題
環境音楽を活用する上で、基本的に必要なものは環境音楽に対する理解である。環境音楽は聞くための音楽ではない。それはp9に記したように、「はじめから音が聞き手の周辺に漂うように仕組まれ(周辺的聴取)、仕事や買い物をしながら(並行聴取)、音楽にたいして注意を集中することなく(散漫聴取)、聴くスタイルのために創られている音楽なのである。」実践方法の確立には教員や生徒に心理的に無理がかからないように、漸進的におこなう必要がある。3年位時間をかけて、校内のおおかたの生徒に受け入れられる方法が作られればよい。
実践の手順としては、まず「観賞用の音楽ではないので注意して聞く必要はない」ということを生徒に周知させる。音楽が邪魔にならないように、よく生徒から意見を聞く必要がある。環境音楽を実践するときに、教員は場の雰囲気作りに気を配ることが大切である。はじめから効果を期待するよりは、まずはその学校になじむようにする。そして長く続けて実践できるようにする。そのためには、p16に書いたA校の実践の仕方が参考になる。
環境音楽に適切な音楽を選ぶことも大切である。「同質の原理」を考慮することは無理にしても、環境音楽の特徴と傾向(2章3節(2))やp15に記した桜林の意見を考慮しつつ、生徒になじみのある曲で環境音楽にふさわしい曲も選曲する。
環境音楽は聞く曲として考えられていない。しかし教室が静かなため、鑑賞されることもある。教員には、生徒が日常よく聴く曲に共感できる感性もあった方がよいわけである。
音量の調整には細かい配慮が必要で、生徒の登校状況に応じてある程度は変化させ、登校の実情にあわせて、だんだん大きくする。しかしそれができなければ、小さい音量にあわせる。小さい音に合わせれば、音楽が流れる時間の後半には、音楽は全く聞こえないかもしれないが、それでも環境音楽を流さないよりはよいと考える。大きすぎれば問題が出てくる可能性がある。
私の実験した2校では、廊下のスピーカーのスイッチが各階ごとに自由にコントロールできなかったので、廊下には音楽を流さずに実験した。実践としては、教室よりも廊下・玄関にまず音楽を流すことを計画する。教室に流すことよりも廊下玄関だけで流すことから環境音楽を始めても良いのである。生徒が登校して最初に入る空間で音楽が流れていると、教室にいても環境音楽がより空間に漂うように聞こえて、HR教室に流すだけより適している。またスピーカーを増やせれば、一カ所から出る音を小さくできる。
私の実験では、朝の環境音楽だけ実践したが、B校では昼休みに音楽がないので、流して欲しいという要望がいくつか直接あった。掃除の時間や帰宅時の時間も流せるよう、タイマーによる自動放送の設備が必要である。(「補足第4章(1)」に放送機器名を載せた。)また学校全体でやらず、それぞれの学級でやる方法もとりうると考える。
3 今後の研究課題
長期間の環境音楽であれば、おそらく音楽が心理に与える効果の現れは、毎日違う可能性があるが、そういうデータは見つからなかった。私の実験でも厳密な条件の統制はできなかった。さまざまな他の要因(行事や教員による指導の有無等がクラスごとにちがう。クラスの生徒に影響を与えるさまざまな出来事がいつ起きるかの年月日も違ってくる)を考慮し、厳密に条件を揃えることが事実上困難と思われる。仮に実現できたとしても、被験者が音楽を通常より意識するようになってしまうので、一般のBGMとは違う心理状態がでる可能性がある。従ってアンケートによる心理調査を2回程度おこなうやり方も、厳密な実験とは言えない。しかし、音楽が鳴る条件とならない条件の2つで、同一人物がどのように気分を評価するかを対比したデータが取れたので、実験室でない現場の実験としてここにまとめた。
同じ音楽をどのくらいの期間流してよいかは様々な意見がある。アンケートの生徒の意見では、厭きないようにして欲しい旨の意見も複数あった。A校のS教諭のように、同じ曲のパターンをしばらく使うことも実践上やむを得ない面もあるが、工夫の余地はある。生徒の聴きたい曲を流すことが目的ではないのはもちろんである。
音楽聴取の時は、どのような質の音楽ならどのような感情をもたらすかという基礎研究が若干おこなわれている。それに対し、どのようなパーソナリティの人ならどのような音楽の聴取でどのような感情を持つのかという日本の研究は、私には見つけられていない。「パーソナリティ」も「感情」も「音楽の作品・演奏の質」も、厳密な研究には変数が多すぎて比較のための条件の統制がしにくいからではないかと考えられる。感情がなぜ動くのか、わかっている部分もいまだ限られているようである。
個人に比べての集団に対する音楽の影響の研究も見つけられなかった。(この問題について言及している桜林の論文を「補足第4章(2)」にのせておく。)音楽療法では特定の患者に対して有効な音楽を模索しつつ、効果を実現して確認するわけであるが、一般理論化はされてはいないようだ。
聴取を目的としない環境音楽では、これらの研究はさらにおこなわれていないようである。したがって、どのような音楽がどのような生徒集団によい影響を持つのかを、現場の教員が基礎研究から学ぶことは今のところ難しそうである。
本論3章3節では2タイプの環境音楽が2つの学校で使用された。環境音楽の影響のでかたが2校で違うことをp29で分析した。しかし同じタイプの曲を2つのタイプの学校で実験しなかったので、原因について結論は出なかった。あるいは、同一校で、クラス集団の何かの要因によって、クラスごとに受ける影響が違うなどの分析もできなかった。どのような曲がどのような学校によい影響が出るのかは、関連領域の研究「本論2章3節(2)、3章1節(2)」と、他の現場における環境音楽を参考にして、生徒の反応を観ながら、学校ごとに試行錯誤してもらうことになる。今後の研究や実践に期待したい。
アンケートによる調査では、被験者が意識できる部分しか回答できない。音楽の影響は本人の意識できる部分にあらわれるとは限らないだろうという観点から、例えば長期間音楽をかけたときの「志気の向上下降」を「早退率の変動」で調べることを検討したが、結論としてはそのような調査はしなかった。
音楽は本人が意識できないときも、(強弱や持続時間はさまざまとしても)影響があるようであるが、本論の研究としては取り上げられなかった。ただしいわゆる「サブリミナルテープ」を学校の環境音楽に使用することは好ましくない。(「補足第4章(3)」に、サブリミナル研究を紹介する。)
今回私がおこなったアンケートの自由記述の欄には、環境音楽によるコミュニケーションの促進や、会話のない気疲れを防ぐ効果などを指摘するコメントも複数あった。学校において一定の時間帯に音楽を流すことにより、勉強する準備の時間とか掃除の時間とかのイメージを醸し出す可能性がある。これらはみな今後の環境音楽のもつ可能性を示している。
環境音楽による効果がどれだけの時間持続するか不明である。音楽を流した後は、教員がさらに環境に配慮しつつ、國分康孝のサイコエジュケーションなどをふまえて、生徒指導を実践していくことが必要である。
國分康孝は、サイコエジュケーションの説明として次のように書いている。(43)
「サイコエジュケーションはグループ対象の予防的・開発的カウンセリングである。 子どもを『育てるカウンセリング』のために、構成的グループエンカウンター、将来 の進路や人生計画を考えさせるキャリアガイダンス、自己主張の訓練や人とのつきあ い方を学ぶ集団訓練、ロールプレーイングなどをおこなう。」
問題行動が多発する学校においては、集団対象の予防的なカウンセリング的生徒指導が必要であると考える。環境音楽を生徒指導に活かす方法が、そのような集団的予防的方法の一つとして育てられるかが課題となる。
学校の環境の中には、文化的なものや歴史的なものや教育行政の影響を受けるものなどあるが、本論では取り上げられなかった。
一般の人や音楽家にインタビューしたときに、私に対してでた多くの助言や注文は、「生徒と対話しながら、教員の一方通行でなくやって欲しい」というものである。これは音楽が諸刃の剣になりうることと、現在の学校の一面を示している。そして学校に対する期待の大部分は、身近で現実的なところでは「教師」に焦点が集まっていることを感じた。生徒にとっては教員がみじかで最大の環境なのである。
環境音楽の可能性は、教員が環境に注意を向けることにも関係するようである。意欲がないが病気でもないという人がいた場合、それは当人の心の問題ではなく環境上の問題である場合がかなりある。学校の環境を作るのも校長と教員の仕事なのではないだろうか。そのために環境音楽の可能性を求めていただければと考えている。
おわりに
本研修を終えるに際し、快く研修指導をお引き受けくださり、終始温かくご指導下さいました獨協大学の松丸壽雄先生、安井一郎先生、統計でお世話になりました松井敬先生はじめ獨協大学の諸先生方に深く感謝申し上げます。大阪学院短期大学の谷口高志先生には、実験のやり方や考え方などいくつかの点で重要な助言をいただきました。たいへん感謝いたしております。論文のいたらぬ点はすべて私の責任です。
またこのような研修の機会を与えてくださいました埼玉県教育委員会、井戸川公則校長先生をはじめとする勤務校の全職員の方、ならびに調査に御協力いただいた竃日映像音響システム様や全ての先生方・生徒の皆さんに心から感謝いたします。またお名前は出しませんが、たくさんの研究者の方や、音楽家の方、一般の方に教えていただくことができました。本当にありがとうございました。
なお、本文では敬称は略させていただきました。
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